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シャッタード・アサンプション理論とは?トラウマで“世界観が壊れる”心理学的メカニズムを解説

「もう何を信じていいか分からない」――そんな感覚を覚えたことはありませんか?
信頼していた人に裏切られたり、理不尽な出来事に遭ったとき、心は「何が起きたの?」と混乱します。

この記事では、心理学者ロニー・ジャノフ=ブルマンが提唱した
「シャッタード・アサンプション理論」をもとに、
トラウマがどのように「世界の見え方」を変えてしまうのか、
そして壊れた世界をどう再構築していけるのかを、わかりやすく解説します。

「世界は危険もあるけれど、安心できる部分もある」と再び感じられるようになる――
そのヒントをご紹介します。
ぜひ最後まで読んでくださいね。

目次

「世界観の崩壊」によるトラウマへの影響

トラウマ体験によって、心の中にあった“世界の見え方”が大きく揺らぐ体験のことがあります。
この「世界観の崩壊」が起こると、人は強い不安や混乱に包まれ、
「何を信じていいのか分からない」という感覚に陥ります。


世界の見え方が変わることで苦しみが続く

トラウマを経験すると、人はそれまで当然のように信じていた
「世界は安全」「人は信じられる」「努力すれば報われる」といった前提が崩れることがあります。

この“見え方の変化”こそが、トラウマの長期的な苦しみを生む要因です。

  • 周囲の人の言葉が信じられない
  • 小さな物音にも体がびくっと反応する
  • 「またあんなことが起きるかもしれない」と感じる

こうした反応は、「現実が変わった」のではなく、
心が世界を“危険な場所”として再構成してしまった結果です。


「安全」「信頼」「意味」が崩れると、人は無力感を感じる

私たちが日常を安心して過ごせるのは、
次の3つの“見えない支え”があるからです。

心の支え内容
安全感「自分は守られている」「危険はコントロールできる」
信頼感「人はおおむね善良で、助け合える」
意味感「努力すれば結果につながる」「出来事には理由がある」

トラウマ体験は、これら3つを同時に揺さぶることがあります。
その結果、人は「何を信じて生きればいいのか分からない」という存在的な無力感に陥ります。

この状態を、心理学では「アサンプション(Assumption:前提)の崩壊」と呼びます。
つまり、“心の中の地図”が破壊されるような体験です。


シャッタード・アサンプション理論とは?ロニー・ジャノフ=ブルマンの提唱した心理学モデル

トラウマ研究の中でも特に影響力の大きい理論のひとつが、
心理学者ロニー・ジャノフ=ブルマン(Ronnie Janoff-Bulman)による
シャッタード・アサンプション理論(Shattered Assumptions Theory)」です。

この理論は、トラウマを「出来事そのもの」ではなく、
“世界に対する根本的な信念(アサンプション)が壊れること”して説明します。
つまり、人が生きるうえで当然のように抱いている「世界観」が崩れることこそ、
心の深い苦しみを生むという考え方です。


理論の概要と誕生の背景(1992年の研究)

この理論は1992年に心理学者ロニー・ジャノフ=ブルマンが提唱しました。
彼女は、「何が起きたか」よりも、その出来事によって人の心の中でどんな“信念”や“世界の見え方”が崩れるのかに注目しました。
つまり、トラウマの本質を「外で起きた出来事」ではなく、「内側で起きた認知の崩壊」として捉えたのです。

彼女の研究では、被害者の多くが共通して次のような言葉を口にしていたといいます。

「まさか自分がこんな目に遭うとは思わなかった」

この一言に、人の「安全」「意味」「価値」といった根本的信念の崩壊が隠れています。
つまり、トラウマは“自分や世界は安全だ”という前提が粉々に砕ける体験なのです。


「世界観が壊れる心理」を説明する社会心理学モデル

ジャノフ=ブルマンは、人間が生きるうえで無意識に持つ「心の地図」を
アサンプティブ・ワールド(assumptive world:前提の世界観)と呼びました。

この地図には、

  • 世界はおおむね善良である
  • 自分には価値があり守られている
  • 「良い行いをすれば報われる」「悪いことには理由がある」といった因果の信念

といった、私たちが日常を安心して生きるための“見えない前提”が描かれています。

しかし、トラウマ体験によってその地図が破壊されると、
人は「どこに立っているのか分からない」「どこへ向かえばいいのか分からない」という
心理的な“迷子状態”になります。

これこそが、理論名にある「シャッタード(粉砕された)アサンプション(前提)」の意味です。


理論が注目された理由とその意義

この理論が世界的に注目された理由は、
「トラウマ=外的出来事」ではなく、「世界観の崩壊」という内的変化に焦点を当てた点にあります。

この視点は、被災者・犯罪被害者・PTSD患者の心理を理解するうえで大きな進歩でした。

さらに、近年ではこの理論が次の分野にも応用されています。

  • ポスト・トラウマティック・グロース(PTG:心的外傷後成長)の基礎理論
  • 認知行動療法(CBT)認知処理療法(CPT)での概念モデル
  • 社会心理学や哲学的心理学における「意味の再構築」研究の基盤

要するに、シャッタード・アサンプション理論は、
「なぜ人はつらい出来事の後に、世界が違って見えるのか」を
体系的に説明した“心の回復メカニズムの出発点”といえます。


人が無意識に信じている「3つの基本的前提」|世界は善・意味がある・自分は価値がある

ロニー・ジャノフ=ブルマンが提唱した「シャッタード・アサンプション理論」の中心には、
人が生きるうえで無意識に抱いている3つの基本的前提(Basic Assumptions)があります。

これらは私たちが日常を安心して過ごすための「心の支え」であり、
普段は意識しませんが、トラウマによって崩れると大きな心理的衝撃をもたらします。


①世界は善良で安全である(The world is benevolent)

私たちは普段、

「人は基本的に善良で、世界はおおむね安全だ」
という前提で生活しています。

たとえば、見知らぬ人が信号を渡るあなたにぶつからないだろう、
夜眠っている間に誰かが家に侵入しないだろう、
そんな“安全の前提”があるからこそ、安心して日常を送れます。

しかし、強いトラウマ体験――暴力・裏切り・災害――などによって、
この前提が崩れると、世界全体が「危険で予測不能な場所」に感じられるようになります。
この感覚が長く続くと、慢性的な警戒心や不安が心を支配してしまいます。


②世界は意味がある(The world is meaningful)

次に、人は無意識のうちに

「出来事には意味があり、努力すれば報われる」
という信念を持っています。

この前提があるからこそ、私たちは「頑張ればなんとかなる」と思い、行動できます。
しかし、理不尽な事故や犯罪、病気などによって
「なぜ自分がこんな目に?」という感情が生まれると、
世界が“意味を失った”ように感じるのです。

この「意味の崩壊」はトラウマ後の無気力感や絶望感に深く関わっています。
つまり、人は出来事そのものよりも、「それをどう理解すればいいのか分からない状態」に苦しむのです。


③自分は価値ある存在である(The self is worthy)

3つ目の前提は、

「自分には価値があり、守られるに値する」
という自己肯定感に関わる信念です。

この信念があるからこそ、人は自分を信じ、他者との関係を築けます。
しかし、トラウマ体験はこの前提にも打撃を与えます。

たとえば、虐待や裏切り、いじめの被害を受けた人は、
「自分が悪いからこんなことになった」と自分を責めがちです。
結果として、「自分には価値がない」「どうせ何をしても無駄」という自己否定の思考に陥りやすくなります。


これらの信念が「心の安心感」を支えている

これら3つの前提は、いわば「心の基礎構造」のようなものです。
建物に例えるなら、

  • 世界は善良で安全 → 土台
  • 世界は意味がある → 柱
  • 自分は価値ある存在 → 屋根

のように、どれか1つが崩れても全体が不安定になります。

トラウマはこの“構造の揺らぎ”を引き起こすため、
人は「もうこの世界では安心して生きられない」という感覚に襲われることがあるです。

しかし、これらの前提は「再構築」できるというのが、ジャノフ=ブルマンの理論の希望でもあります。


トラウマで壊れる「信じていた世界」|なぜ世界が信じられなくなるのか

トラウマは、単に「怖い出来事を経験した」ことではなく、
「自分が信じていた世界が壊れること」にダメージを受けることがあります。

人は皆、心の奥で「世界はおおむね安全だ」「人は信じられる」「努力は報われる」
という“前提(assumptions)”を持って生きています。
しかし、それが崩れるような出来事に遭遇すると、
世界そのものがまるで裏切ったように感じられるのです。


信頼していた人に裏切られると、世界の善良さが崩れる

信頼していた人からの裏切り――
たとえば、家族や恋人、職場の上司など、
「自分を理解してくれるはず」と思っていた相手から傷つけられると、
人は「他人を信じても無駄だ」と感じやすくなります。

この瞬間、崩れるのは“その人との関係”だけではありません。
「人はおおむね善良である」という世界観そのものが揺らぐのです。

そのため、裏切りのトラウマは「人間不信」や「孤立感」を引き起こします。
「誰も信じられない」「もう誰にも心を開けない」と感じるのは、
単なる防衛反応ではなく、“世界の基本構造が壊れたサイン”といえます。


理不尽な出来事が、「努力すれば報われる」という信念を壊す

突然の事故、病気、災害、犯罪被害など、
どれも本人の努力では防ぎようがない出来事です。

こうした理不尽な体験は、
人の中にある「原因と結果の法則(努力すれば良い結果が出る)」という信念を粉砕します。

「なぜ自分だけが?」
「真面目に生きてきたのに、どうしてこんな目に?」

このような問いが止まらなくなるのは、
「世界は意味がある」「正義は報われる」という前提が崩れた証拠です。
この状態では、人生の出来事を合理的に理解できなくなり、
虚無感や怒り、喪失感に支配されやすくなります。


「まさか自分が」という感覚がトラウマの中心にある

ジャノフ=ブルマンの研究で、被害者たちが共通して語った言葉があります。

「まさか自分が、こんなことになるとは思わなかった」

この“まさか”という言葉の中には、
「自分は守られているはず」「悪いことは他人に起こるもの」という前提の崩壊が隠れています。

トラウマは、外からの衝撃というよりも、
「自分が信じていたルールが通用しなかった」という内的崩壊として起こるのです。


前提が壊れると、無力感・不信感・自己否定が生まれる

トラウマによって「世界」「他者」「自分」への信頼が同時に揺らぐと、
人は深い無力感(もう何もできない)
不信感(誰も信用できない)
そして自己否定(自分に価値がない)に陥ります。

外的な出来事が終わっても、
心の中で「安全・信頼・意味」の軸が崩れている限り、
人は苦しみから抜け出せません。


しかし――。
この「壊れた世界観」は、二度と元に戻らないわけではありません。
次に紹介するように、“再構築”というプロセスを通して、
人は少しずつ新しい世界の見方を取り戻すことができます。


壊れた世界観をどう再構築するか|“意味の再構築”と回復のプロセス

トラウマによって崩れた「世界の前提」は、時間とともに自然に戻るわけではありません。
心の回復とは、かつての世界を取り戻すことではなく、壊れた世界観を“新しい形で再構築すること”です。

これを「意味の再構築(meaning reconstruction)」と呼びます。
それは、「もう一度世界を信じ直す」ための心理的プロセスです。


元に戻すのではなく「新しい意味づけ」をする

多くの人がトラウマから立ち直ろうとするとき、
「以前の自分に戻りたい」と願います。

しかし、ジャノフ=ブルマンの示すトラウマ回復とは、
過去をなかったことにすることでも、以前の状態に戻ることでもありません。

むしろ、その出来事にどんな意味を見いだし、どんな世界の見方を新しくつくり直すかが大切なのです。

なぜなら、トラウマを経験した後の心は、
もはや“過去と同じ現実”を見ているわけではないからです。
現実そのものではなく、「世界の感じ方」や「自分の見方」が変化しているのです。

重要なのは、

「なぜこんなことが起きたのか?」
ではなく、
「これからどう生きていくのか?」
という問いへシフトすること。

この“意味の再構築”が始まると、
人は過去を無理に忘れようとせず、
その出来事を「自分の人生の一部」として位置づけ直すことができるようになります。


「世界は危険もあるが、安心できる部分もある」と再定義する

再構築の過程で大切なのは、
世界を再び「白か黒か」で判断しないことです。

たとえば、ジャノフ=ブルマンの理論で言う“再構築された世界観”とは、

「世界は危険もあるが、安心できる部分もある」
というように、両方の現実を同時に受け入れる柔軟な見方です。

これは「理想的な善の世界」に戻ることではなく、

“不完全でも生きていける世界”を受け入れること。

このバランスを取り戻すことが、
「再び外の世界と関われるようになる」第一歩です。


トラウマ回復の鍵は「理解」ではなく「再解釈」

トラウマを抱える人の多くは、
「なぜあんなことが起きたのか理解できない」と苦しみます。
しかし、心の回復には「完全な理解」は必要ありません。

むしろ重要なのは、
出来事の“意味を再解釈する”ことです。

たとえば、

  • 「あの出来事を通して、自分の課題を知った」
  • 「あの経験があったから、同じ苦しみを理解できるようになった」

このように、出来事の「意味」を少しずつ書き換えることが、
心の中に新しい秩序を作る作業になります。
この再解釈こそが、「世界を再構築する力」です。


これがPTG(心的外傷後成長)への第一歩になる

トラウマの経験は、深い痛みと喪失を伴います。
しかし、その過程で人は以前よりも深い理解や強さを得ることがあります。

これを心理学ではPTG(Post-Traumatic Growth/心的外傷後成長)と呼びます。
PTGは、「つらい出来事があったから成長できた」とポジティブに捉えることではなく、

「痛みを抱えながらも、生きる意味を見出す力を取り戻す」
という、非常に現実的な成長の形です。

つまり、トラウマ回復とは、
「元に戻る」のではなく、「新しい自分として生き直す」こと。
そして、壊れた世界観を再構築する過程そのものが、
PTGの始まりなのです。


関連する心理学理論との違い|PTG・意味再構築理論・ポリヴェーガル理論

「シャッタード・アサンプション理論」は、トラウマ研究の基礎的な理論として広く知られていますが、
その後の心理学ではこの考え方を土台にした複数の理論が発展しました。

ここでは特に、PTG(心的外傷後成長)理論意味再構築理論(Meaning Making Model)
そしてポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)という3つの関連理論を整理し、
それぞれがどのように「心の回復」を説明しているかを見ていきましょう。


①PTG理論との関係:「崩壊」から「成長」へ

PTG(Post-Traumatic Growth/心的外傷後成長)理論は、
心理学者リチャード・テデスキ(Richard Tedeschi)らによって提唱されました。

彼らは、「トラウマによる崩壊のあとに成長が起こる」という人間のレジリエンス(回復力)に注目しました。
この理論は、シャッタード・アサンプション理論の“再構築”の部分を拡張したものです。

理論主要テーマ心理的プロセス
シャッタード・アサンプション理論世界観の崩壊信念が壊れる
PTG理論成長と変容新しい意味・価値を再構築する

つまり、PTGは「壊れた世界観を修復するだけでなく、より成熟した自己を育てる」という段階を示します。
痛みの中から、新しい価値観・人間関係・人生観が芽生えるプロセスを明確にした理論です。


②意味再構築理論(Meaning Making Model)の補完関係

もうひとつ、トラウマ理解で欠かせないのが、
「意味再構築理論(Meaning Making Model)」です。

この理論では、トラウマとは「出来事の意味がわからなくなる体験」であり、
回復とは「出来事の意味を再び見出す過程」とされます。

ジャノフ=ブルマンの理論が「前提の崩壊」に焦点を当てていたのに対し、
意味再構築理論はその後の「意味づけの再生プロセス」をより具体的に分析しています。

  • 出来事をどう解釈するか
  • それが自分の人生にどんな位置づけを持つか
  • 自分と世界の関係をどう再解釈するか

この“意味の再構築”が進むことで、人は悲しみや恐怖を「物語の一部」として統合できるようになります。


③ポリヴェーガル理論:脳と神経の“安全モード”の視点

トラウマの理解には、心理だけでなく神経科学の視点も重要です。
その代表が、神経生理学者スティーブン・ポージェス(Stephen Porges)によるポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)です。

この理論では、心身の安全感を「迷走神経(vagus nerve)」の働きで説明します。
人間の神経系には3つの反応モードがあります。

状態神経モード心理的状態
安心・つながり腹側迷走神経(Ventral Vagal)安定・信頼・社交性
緊張・戦う/逃げる交感神経(Sympathetic)不安・怒り・焦り
固まる・解離背側迷走神経(Dorsal Vagal)無力感・放心・自己遮断

トラウマによって「安全モード」が機能しなくなると、
脳は常に闘争・逃走・フリーズの状態に入りやすくなります。

したがって、ポリヴェーガル理論は「身体的な安全感」を取り戻すことが
心理的な回復の前提であると強調しています。
これは、シャッタード・アサンプション理論が説く“安心できる世界の再構築”と深く通じています。


それぞれの理論が示す「癒しの方向性」

これら3つの理論は、互いに補完し合いながらトラウマ回復の全体像を描いています。

理論名焦点回復の方向性
シャッタード・アサンプション理論世界観の崩壊と再構築壊れた信念を修復する
PTG理論成長と変容新しい自己を育てる
意味再構築理論人生の意味の再解釈出来事に新しい意味を見出す
ポリヴェーガル理論神経系の安全性体の安心を取り戻す

つまり、心の回復には「理解」や「思考」だけでなく、
身体・感情・意味づけの3層すべてを整えるプロセスが必要なのです。


トラウマを癒す心理療法と実践方法|シャッタード・アサンプション理論の応用

「シャッタード・アサンプション理論」は、トラウマが「出来事」ではなく「世界観の崩壊」によって起きることを示しました。
そのため、トラウマの回復には、信じる世界が壊れた場合、“再び世界を信じられるようになる体験”が重要です。

この章では、理論を土台にした主要な心理療法や、日常でも実践できる回復の方法を紹介します。


持続曝露療法(Prolonged Exposure Therapy)

持続曝露療法(PE療法)は、心理学者エドナ・フォア(Edna Foa)が開発した、PTSD治療の中心的アプローチです。

トラウマ体験を避け続けると、脳が「危険はまだ続いている」と誤認します。
そこでPE療法では、安全な環境で少しずつトラウマ記憶に向き合う練習を行います。

このプロセスにより、脳は「もう危険ではない」と再学習し、
過剰に反応していた扁桃体の活動が落ち着くことが確認されています。

ポイントは、「思い出す」ことではなく、“恐怖の中に安全を見出す体験”を重ねることです。
これが「再び世界を信じ直す」神経的な第一歩となります。


認知処理療法(Cognitive Processing Therapy)

認知処理療法(CPT)は、トラウマによって歪んでしまった「思考の枠組み」を見直す方法です。

トラウマ後の思考には、以下のような「極端な解釈」がよく見られます。

  • 「自分が悪かったに違いない」
  • 「人は信用できない」
  • 「世界は危険だ」

CPTでは、こうした自動思考を**「証拠に基づいて検証する」**練習を行います。
論理的な再評価を通して、「完全な善悪」や「全か無か」の思考から抜け出すことができます。

これはまさに、壊れたアサンプション(前提)を再構築する作業そのものです。


セルフリフレクション(自己内省)とナラティブ再構築

トラウマの回復には、専門的な治療だけでなく、自分の物語を語り直す力も大切です。
このアプローチを「ナラティブ再構築」と呼びます。

たとえば、

  • 「あの出来事は、私の人生を壊したもの」から
  • 「あの出来事があったからこそ、自分の生き方を見つめ直せた」へ

というように、過去の意味を書き換えることで、心の秩序が再生していきます。

この過程では、ジャーナリング(日記)や、安心できる人との対話が役立ちます。
特に、「なぜ起きたか」ではなく「今の自分に何を残したか」を意識して言葉にすることがポイントです。


信頼・安心・つながりを取り戻す支援の重要性

トラウマは「他者とのつながり」を断ち切る体験でもあります。
そのため、回復には安全な人間関係の再構築も重要です。

心理療法では、セラピストとの信頼関係そのものが癒しの基盤になります。
また、家族・友人・支援者など、「安心できる関係」は、
壊れたアサンプションのうちの一つ――“人は信頼できる”という感覚を少しずつ取り戻すきっかけになります。


まとめ|世界が壊れたように感じるとき、再び世界を信じ直すために

トラウマを経験したとき、私たちはそれまで信じていた世界が、信じられなくなることがあります。
信じていた世界のルールが通用しなくなり、
「安全」「信頼」「意味」の3つの柱が崩れ落ちる――。
それが、心が壊れたように感じる理由です。


「世界の理解の崩壊」

トラウマは、
「自分は守られている」「世界はおおむね善良だ」という
心の前提(assumption)を根こそぎ揺るがすことがあります。

その結果、

  • 何を信じていいのか分からない
  • 未来が見えなくなる
  • すべてが不確かに思える

こうした感覚は、実は脳が世界を再び理解しようとする過程でもあります。
崩壊は終わりではなく、再構築への入口なのです。


回復は「新しい世界を再び描くこと」

トラウマ回復の本質は「過去を忘れること」ではなく、
“新しい世界の地図”を描き直すことです。

「世界は危険もあるが、安心できる部分もある」

完全な安全も、完全な信頼もない。
それでも、不完全な世界の中に安心できる瞬間を見出すことが、
人が再び生きる力を取り戻す道です。


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